2012年3月11日日曜日

30年来の将棋ファンですが、この10年位の理詰めの追求ともいえるプロ将棋に辟易し...

30年来の将棋ファンですが、この10年位の理詰めの追求ともいえるプロ将棋に辟易しています。


「相手が間違える手こそが最善手」といわんばかりの人間臭さが溢れていた頃の棋譜が懐かしく思われますが、皆さんはどうお感じですか?

また、自戦記の書けないタイトル保持者というのも情けないですよね。


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泥臭いながらも勝負師たちが盤外戦術含めて秘術を尽くして戦っていた時代。

私はその時代はまだ将棋ファンではなかったのであまり知りませんが、その時代の将棋も体感してみたかったと思ったことはあります。

ただ、私は将棋を学問ととらえているところがあり、勝負よりも序盤数手の盤上の最善手や、戦法の盛衰とその必要性等に興味があります。序盤には無限に近い可能性があり、しかし結論は人間に見えないところに必ず存在していて、絶対人間には解明できないものだとわかっていても、あらゆる理論を使って自分の考える最善を探す。これは一種の哲学とさえ感じます。

もちろん、将棋の楽しみ方も人それぞれですので、質問者様の考えを尊重しますが、私は現代の将棋の方が好きです。



追記

自戦記の書けないタイトル保持者って誰ですか?私も自戦記は面白いと思うのでトップ棋士には書いてほしいですね。



補足後、さらに追記

丸山九段も三浦八段も確かに自戦記書きませんね。自戦記は読む人におもろく感じてもらわなければならないので技術がない人は書けません。この二人がそのような技術を持っているかどうかは知りませんが、2人とも棋界有数の研究家なのでもっと棋書を書いて棋界に貢献してほしいです。戦法の講座などは文がうまくなくても書けるでしょうし。



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むしろ、この10数年で将棋の序盤における常識が大きく変化して、

戦法の多様化によって、

10年前、20年前の画一的な序盤よりもむしろ目が離せないと思うんです。

終盤は相変わらず、人間的でハラハラ、面白いですよ。



(画像は昨年の竜王戦 最終局の終盤)


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30年間ですか?「継続は力成り」立派な事です。

自戦記を書くとどうしても相手に研究され易いので書かない方が自身の為に成るからでしょう。



近所の何十回も県タイトルを取った将棋指しは晩年に囲碁に切り替えて楽しんでいました。その読みは正確で強かったですね。



囲碁の遊び方

http://www.youtube.com/watch?v=wFRSyD0xU08&feature=PlayList&p=ED58F...

http://www.tygem.co.jp/


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第一人者の羽生名人も「将棋はただのゲームであって人生の苦労なんて関係ない。」とおっしゃっているので、相手を間違えさせる手よりもひたすら最善手を追究するのが正しいと思います。

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